[対談参加者]
株式会社スケープス 山口あゆみ 代表
〈ファシリテーター〉共同印刷株式会社 コミュニケーション・デザイン・センター 篠原一夫
活字メディアから映像、Webサイトなどでの情報発信にはじまり、企業のブランディング・PR、企業価値を深く広く伝えるマーケティング、会員向け事業でのコミュニケーション開発なども手がける(株)スケープス。エディトリアルメディア※におけるコミュニケーション手段が紙からWeb、SNSへと広がってゆくなかで、今回は、エディトリアルメディアの現状と課題、未来に向けた可能性について(株)スケープスの山口あゆみ代表にお話を伺いました。
※エディトリアルメディア:企業情報誌、広報誌、会員誌などの編集系の媒体。プロモーション(広告・広報・販促)のためのオウンドメディア(自社媒体)で、フィジカルもデジタルも含まれる。
ブランドのロイヤリティを高め、優良顧客を囲い込む
エディトリアルメディアのコミュニケーション力とは
篠原:近年のエディトリアルメディアの特徴について教えてください。
山口:メディアの種類を問わず、クライアントからは、ターゲットのペルソナの明確化や投資効果などに対する綿密な計算が求められるようになってきました。
読者プロフィールを絞り込んでいくと、紙メディアについては、「ミドル世代」「アクティブシニア層」と呼ばれる40~60代をターゲットにしたものが中心になってきています。
新聞が身近にある環境で育った世代なので、「紙で読む」ことへの信頼性が非常に高い。正しい情報は紙や活字から得るものであり、テレビはエンターテイメントと考える方が多いのが、この世代の特徴です。
このため、40~60代を顧客ターゲットとする企業は活字メディアを活用しています。
篠原:紙メディアとWebメディアの投資効果についてはどうお考えですか。
山口:早くからメディア戦略に取り組んでいる企業は、紙とWebの両方を活用していますね。
たとえば、ある大手健康食品メーカーでは、Web媒体において最大級の広告主でありながら、TVCMでも発信し、さらに紙媒体はターゲットに合わせて3タイプも制作しています。
Webメディアの目的は新規利用者の獲得が主で、とくに若い世代のエントリーユーザーを獲得するには有効です。
一方、紙メディアは、購入歴のある方や定期購入者を対象に、年齢別、あるいはロイヤリティの高いユーザーに特化したコンテンツを提供しています。
商品と共に届く「あなたの人生を応援しています」というメッセージは、受け取る側も心強く感じますよね。そうしたパーソナルなコミュニケーションは、紙メディアが得意とするところです。つまり紙メディアの強みは、ブランドのロイヤリティを高め、良質な顧客を囲い込む。この2点なると思います。
篠原:自分たちが囲い込みたい顧客層を絞り込み、他と差別化できるコンテンツが重要になりますね。
山口:そうですね。「活字メディアはWebより信頼できる」と考える層を対象とするわけですから、信頼性を失わないことが第一です。
裏付けがきちんとあり、信頼に足る記事であることが大前提。その上で、ターゲット層のライフスタイルに沿う目線が大切です。
紙メディアを発行しているけれど手応えがない、と嘆く企業の媒体は、新製品情報や商品のウリなど、自分たちが伝えたいことだけを一方的に情報発信している場合が多いように思います。それって、お客さまから見たら「綴じてあるチラシ」ですから、見る気がしないですよね。
必要なのは、お客さまが気になっていること、興味があることに寄り添う気持ちだと思います。
篠原:10年後には紙はなくなる、と言われたことがありましたが、10年経ってもなくなっていません。減ってはいますが、だからこそ、残るものには希少性が出てくると思います。
実際、世代的にデジタルではコミュニケーションが成立しない方もたくさんいらっしゃいますから、タッチポイントとしての紙メディアは力を持っていると思います。Webメディアを幅広く活用しながら、ロイヤリティの高い顧客にはしっかりと手触りのある紙メディアで伝える、というイメージでしょうか。
山口:特に紙メディアが力を発揮するのは、会員組織に対してです。
カード会社や定期購入の健康食品や化粧品などがいい例ですが、ここの会員であることの安心感・満足感などを、媒体を通じてお客さまに共有していただく。それが一番効くのだと思います。
篠原:紙メディアは配布先が特定できるので、ターゲットや目的を合理的に設計すれば、コストパフォーマンスが高まります。一方、Webメディアは不特定多数にアプローチできるのが強みですね。
Webメディアは表層的コミュニケーションが得意
紙メディアは深層で双方向コミュニケーションを可能にする
山口:双方向コミュニケーションがとりやすいのも、実は紙メディアだと考えています。
たとえば、Webアンケートは非常に多くの回答を得られますが、それはわずか3分で返信できてポイントがもらえるから。手軽さが主眼なので、そこで集められるのはライトユーザーの意見です。
一方、紙メディアでアンケートを行った場合、ハガキだけでなくメールであっても、回答してくださるのはロイヤリティの高いユーザーがほとんど。フリーコメントが非常に多いので、そこからお客さまの思いが読み取れるし、大きなヒントになる言葉が溢れています。活字媒体をしっかり読み、自分の意見を伝えたいと思う方が送ってくださるコメントは、真実に近いものだと感じます。
その意味では、紙メディアのアンケート調査は、顧客の本音を知るためにすごく価値のあるものだと思います。
篠原:双方向コミュニケーションはWebの得意分野だと思っていましたが、違う視点もありますね。
山口:そうです。Webメディアは表層的コミュニケーションツールであるのに対して、紙メディアは深層のコミュニケーションです。そこには感情的な、エモーショナルなものが相当入っています。競合の多い業種においては、顧客とのエモーショナルなつながりが他社との差別化の観点からも重要ですが、それを醸成できるのは紙メディアです。
エモーショナルな「お客さまの声」は、ポジティブな意見だけとは限りません。たとえば、50~60代は人生に大きな変化が訪れるときなので、日常的に使うものに対して思い入れが大きく、厳しいご意見をいただくこともあります。けれど顧客からの「生の声」が伝わると、社員のなかで「お客さまの人生に伴走するんだ」という気持ちが共有され、モチベーションアップにもつながります。この商品を通じて、私たちは、どんな価値をお客さまに提供できているのか。そんな実感が持てるのは紙メディアなのかなと思っています。
ブランドをビジュアルで伝えることに優れる紙メディア
若い世代であっても惹きつけられる
篠原:紙メディアはブランドの魅力や付加価値などを伝えるのに適している、といわれるのはなぜでしょう。
山口:一つは視認、ビジュアルですね。一目でわかる一覧性、見開きで見る気持ちよさ、紙をめくるという手軽さなどは、ある年齢層の人にはとても重要です。
また、写真を美しく見せられるので、ブランディングをビジュアルで伝えたい場合、Webと比べて遥かに有効だと思います。
Webメディアに優位性があるのは、機能訴求です。キャッチーな言葉でシンプルに伝えられるので、わかりやすい。
篠原:若い世代に対しても、紙メディアはアピール力があるでしょうか。
山口:若い世代でも、紙メディアへの好感度が高く、カルチャーとして魅力を感じる方が多いと思います。たとえば、最近「ブックカフェ」が人気となっているように、本が持つ世界観に惹きつけられる層は一定数、確実に存在します。幅広い情報に触れ、目の肥えた人たちなので、可処分所得を「人生の充実」に投下する。ライフスタイルにこだわりがある彼らにアプローチするには、ビジュアルやテーマのセンスが問われます。
篠原:若い世代にとって本や雑誌は、教養というよりファッションに近いイメージでしょうか?
山口:そうかもしれません。紙の手触りや写真の雰囲気など、ライフスタイルグッズとしての一面が求められているのです。
篠原:確かに。海外のライフスタイル系の雑誌は「これを読んでいる自分が心地よい」という価値観から人気となっていますね。
紙、Web、SNSなどのメディアミックスで
信頼性の高い情報を発信する見識とセンスが求められる
篠原:エディトリアルメディアの可能性について、どうお考えですか。
山口:紙メディアに関しては、SNSなどと連動した双方向メディアとして活用していくべきだと思います。たとえば、会員参加型で仲間が集まる広場のような存在。シニア層はメディアに出ることが好きなので、SNSと連動しつつ、紙メディアに登場してもらうのもいいと思います。
紙メディアのほうが、公共的な媒体に取り上げられたと感じ、自分の価値が認められた、という気持ちにつながるからです。
篠原:メディアに対する評価は、子供の頃のライフスタイルによって刷り込まれている面がありますね。その意味では、デジタルネイティブ世代がシニア層に入ってきた時、紙メディアはどう評価されるのか、興味深いですね。
山口:発信する側が考えるべきは、情報の選択力・編集力を高めることだと思います。食でも旅でも、ネットで手軽に検索・比較できる時代にあって、課題となるのは、ちゃんと厳選された情報に辿り着けることです。信頼性の高い情報を発信するエディターの見識やセンスが、これまで以上に問われてくるでしょう。
クライアントの立場からいえば、単に見栄えのいい紙面を作るような制作チームは、評価対象になりません。求められるのは、ブランドの在り方や顧客層について、社内スタッフと同じくらい理解をし、深く考え続けること。自分たちのブランドに対して一体感を持ち、一緒に歩いてくれる制作チームが求められています。
篠原:鍵となるのは「信頼性」ですね。
山口:そうですね。信頼できるからこそ情報も伝わるし、お客さまが参加することにステータスを感じていただけるのだと思います。
篠原:作り手としては、そのあたりにしっかり取り組んでいかないといけませんね。
本日は貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。
株式会社スケープス
代表取締役・編集長
山口 あゆみ
1988年 サントリー株式会社入社。宣伝部・ニュートレンド部・広報部にて広告・コミュニ―ションおよびコーポレートブランドを担当。子会社であるTBS ブリタニカ(現CCC)で「Pen」の前身である「BACCHUS」および「Figaro Japon」創刊に携わる。/2002年 株式会社JALブランドコミュニケーション入社。JALグループ機内誌SKYWARD副編集長・編集長をつとめる。JALカレンダーなど出版物のクオリティ統括。JAL再生リブランディングプロジェクトのタグライン制作他に関わる。2007年 EUトラベルアワード雑誌部門賞・JR九州南九州魅力発掘大賞(雑誌部門)受賞。/2013年 ハリー・ポッター版元の静山社入社。ハリー・ポッターシリーズ・翻訳単行本編集長。「まだ見ぬ風景に出会う」をコンセプトにマチュアなトラベラーのための雑誌「Scapes」創刊。/ 2015年 独立し、株式会社スケープス設立 雑誌の編集制作ディレクション、単行本執筆、企業ブランディング・広報アドバイザーを手掛ける。
●著書 「エーゲ海の小さなホテル」(東京書籍)、「名古屋円頓寺商店街の奇跡」(講談社)、 企画構成を担当したビジネス新書「キリンビール高知支店の奇跡」は33万部のベストセラー 「おいしい日本のお取り寄せ」(JTBパブリッシング)
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