企業がブランドを作るには、すべてのマーケティング施策で一貫性のある顧客体験を作ることが重要です。企業理念の浸透にとどまらず、マーケットイン思考でさらにブランディングを行うには、何を重視すればよいのでしょうか。
新しい時代に求められるブランド戦略、顧客や社会と共創価値を生み出すデジタル時代のブランディングについて、企業経営やイメージマーケティング視点からの感性デザイン経営コンサルティングを行う株式会社コトヴィア(COTOVIA) 代表取締役 荻原実紀さまに、共同印刷株式会社 HintClip編集長の神がお話を伺いました。全3回にわたりお届けします。

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【この記事は連載です】
【対談】共同印刷×COTOVIA CI・デザインにとどまらない、顧客や社会と共創価値を生み出すデジタル時代のブランディングとは?<中編>
【対談】共同印刷×COTOVIA CI・デザインにとどまらない、顧客や社会と共創価値を生み出すデジタル時代のブランディングとは?<後編>
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時代背景と社会の変化、消費者の価値観の変化について

神:社会環境のデジタル化が進む今、顧客に対する企業の情報発信の在り方はどのように変化しているのでしょうか。

荻原:これまでは、テレビ・新聞などマスメディアからの情報発信と、商品・サービスを通じた情報受信が主流でした。情報の送り手である企業側が、限られた条件のなかで一方的に情報を発信してきたのに対し、高度情報通信社会、さらにはデジタル社会においては、情報の受け手側である顧客が必要な情報を自ら取捨選択し、かつて生じていた受け手側の情報取得の格差が縮まっています。また、顧客自身が情報発信者でもあり、SNSやインターネットを通じたコミュニケーションから始まる認知や購買行動も広がっています。この情報過多の時代に、企業側にとっては顧客に対して、企業の個性として際立った印象を与えられるか、どのように選ばれる存在になるかということを意識し情報発信していくことが大事です。

神:スマートフォンが普及し、SNSやアプリを使った企業からの情報発信が主流になっています。顧客に合わせて情報をカスタマイズし、より局所的なターゲティングを行うことも可能になりました。個人に直接情報を届けられることから、顧客接点の幅が広がっていると感じています。消費者の価値観も変化しているのでしょうか。

荻原:デジタル社会における消費者は、商品やサービスを単に企業名やブランド名による信頼だけで選ぶのではなく、興味・関心のある範囲や領域、社会的な意義、企業理念や価値観に共鳴・共感できるといった視点から選ぶ傾向にあります。消費者が企業や事業・商品・サービスのビジョンに賛同し、楽しさや愛着をもってファンになり、共感・応援する形で購買し、自らの主観的評価を口コミとして広げています。これが信頼として企業価値(ブランド)へとつながっています。

また、親しい人からの口コミや半径5m以内の人間関係からの情報を大事にする世代も増えています。デジタル社会で出現したYouTuberのようなインフルエンサーのように影響力のある人物が紹介する商品・サービスの購入を検討する層が出てきたことも特徴です。影響力というのも、有名人というよりは憧れの誰かであり、それが友人である場合もあります。つまり自身にとって親しみを感じたり、安心できたり、応援したいと思えたり・・・。生活者の視点で身近に感じるような存在、共感する対象の人たちです。

神:ブランディングに求められることも変化しているのでしょうか。

荻原:顧客が自ら情報を取捨選択するようになりつつある現代は、顧客の知性、感情的な理解、知覚に働きかけ、深層心理に響くような、愛着や共感を生むブランド戦略、言い換えれば感性的訴求がより求められているのではないでしょうか。顧客接点の機会や顧客体験の場を創り出せる可能性が限りなく広がっていくなかで、企業はそれらをどのように捉え、有効活用するのか。さらには企業や事業の存在意義そのものを、どのような在り方として発展していくかそれが今、ブランディングに求められていることだと感じています。そういう意味合いにおいては、経営者や組織上層の意思決定者による、ブランディングといった魅力的価値創造への理解も重要ではないでしょうか。

Corporate Identity Systemの全体構造、CIとブランディングの違いとは

神:コトヴィアさまはさまざまな企業のCI構築やブランドコンサルティングを行っています。貴社のCorporate Identity Systemの全体構造について教えてください。

荻原:Corporate Identity System(※)は、まず、核となる企業のコーポレート・アイデンティティ(CI)があります。企業の本質や信念、強み、存在意義の中核にあるものです。次に情報価値や文化を創造していくコーポレート・コミュニケーションズ(CC)、事業構造と経営の変革であるコーポレートマーケティングアンドマネジメント(CM)があって、企業のアイデンティティやコーポレートブランドは育まれていくという考え方です。CI、CC、CMの効果的な循環が必要で、マーケティング部門、広報部門、経営計画部門などが横断的に一緒に推進していけることが理想と考えています。
さらに、社員の考え方や企業理念といったマインドアイデンティティ(MI)が誇りや指針として行動にどう結びついていくのか(BI*1)、ビジュアルやデザインなど発信している世界観がコミュニケーションとしてシステム的に視覚的に統一されているのか(VIS*2)も問われます。特にVIは、企業や事業を大きく印象付ける外観であり、経営戦略としてのCIの中でも重要な要素です。
*1 BI:ビヘイバーアイデンティティ*2 VIS: ビジュアルアイデンティティシステム

つまりCorporate Identity Systemとは、企業から創出される事業、商品、社員の行動など、すべては一つの世界観のなかで発信されていることが大事であるという考え方です。一貫性のある世界観で情報発信し、ブランドの価値を育成していくことがブランディングであると思います。

さらには、最近では企業の在り方も社会的な存在意義や環境・地域・文化への貢献などが求められてきています(SI)。社会との共有価値を創造することが会社の存立指針にもつながり、時代に求められる新たな企業文化(社風)を創り出すと考えています。

Corporate Identity Systemの全体構造
-社内外での価値観共有と社風(企業文化)形成-

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CIは「マーク」を作る仕事ではない

神: CIというと、一昔前はブランドマークを作るというイメージがありました。時代の変化とともに、CIの在り方も変化しているのでしょうか。

荻原:まず、CIはマークを作ることという風に、現在でも捉えられている方もいらっしゃるので、弊社では企業存在そのものを示すCIと純粋な外観をVIに分けて説明しています。CIとは、Corporate Identity(コーポレート・アイデンティティ)の略。自分の身分証明をアイデンティティカードと呼ぶように、Corporate Identityは企業の存在証明、つまり企業がどのような方向性をめざし、どういう意義で存在しているのか、そうした存在意義を示し明らかにするものだと捉えています。ビジョン・ミッション・バリューという軸で定めておられる企業さまも多いですよね。企業理念や事業行動全体を含めて、企業の見え方や印象、世界観そのもののコアになるものであり、基本概念や価値観の軸とも言えます。

一方、CIのなかでも、「これが私たちです」と発信していく目に見える部分の世界、ビジュアルイメージに特化した分野をVisual Identity(ビジュアル・アイデンティティ)として区別しています。人が判断する際、五感のなかで、特に視覚からの判断が約7割を占めると言われています。企業の世界観をビジュアル的なデザイン要素で表現し訴求するブランドロゴやカラー、グラフィックなどは、企業(事業、商品・サービス)を印象付けるものとして、とても大きな力を発揮します。CIやVIの役割そのものや期待される効果は、今も昔も変わりはないと思います。

ただし、時代の流れとして企業が拡大傾向にあった高度経済成長期の時代においては、企業が市場経済のなかで競争優位性を持ったコーポレートブランドを作ることが主流であったとみています。自社の存在価値を主義主張するマーケティングツールとして発展し、現代は競争優位性以上に、公共的で社会的な視点や人々の心に響くかといった存在価値などがより強く求められてきているのではないでしょうか。そういう視点で見た場合に、ブランド名やデザイン、発信される世界観が時代に相応しいかどうか、生活者やユーザー目線にあるかどうかを見ていく必要がありますね。

神:例えば、このマークを見ればこのブランドだと分かる。そのマークがついた商品を所有することが消費者にとっての価値につながるというような世界観は最近はいかがでしょうか。

荻原:もちろん現代においても、存在感のある象徴的なブランドに育成すればするほど、ほかの情報がなくてもマークだけで語れてしまうという世界観は今でも残っていますし、モノの所有で満足する消費者層もいます。ただ、モノの所有以上にコトに対するニーズ、何が自分を充足させてくれるか、モノからコトへ、物的なものより精神的な充足へと価値感が変わってきているように思います。そしてデジタル社会になり、「共感・共鳴」される魅力的な存在価値を求めていくと、ますます企業の社会的な存在意義が問われる時代へと変わってきているのではないでしょうか。市場での競争優位性だけではなく、社会に対してどのような課題を解決し、貢献していくのか、そのために、どのような事業活動を行っていくのか、企業の考え方や社会的な価値観、企業にとってのSocial Identityそのものが問われてきます。

人が物事を理解・判断するのに五感を使っているという話を少し述べました。一方で、頭で意味や文脈を理解する部分と、心や感覚で捉える部分と両方あると思います。CIやVI、ブランディングや情報発信、コミュニケーションで大切であるのは、そうした意味訴求と感覚訴求の両軸を意識して、伝達していくことではないでしょうか。

企業が伝えたいことには、企業や事業・商品の理念、方針、ブランドの主義、主張、想い、考え方、在り方といった「概念」の世界と、デザイン、イメージなどのビジュアルを担う「見える」世界。さらにはそこで実際に行われる施策、事業活動、社員の行動、顧客接点におけるスタッフの行動など、すべての活動が総和として企業の印象となっていきますので、一貫したポリシーを持たせて訴求し、相乗的に効果が累積していくような仕組みで運用していかないと、ブランドイメージとして蓄積されていかないのではないかと思います。

デジタル社会におけるブランディングの役割とは

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神:CIを軸に、事業活動、商品開発、社員の行動など、企業としてのすべての行動が一貫した世界観で行われていることが大切なのですね。なぜ、CIの構築がブランディングに直結してきたのでしょうか。

荻原:情報発信のスピードが速いデジタル社会のなかで、市場競争力を高めて優位に立とうとすると、どうしても、プロモーションやマーケティング的視点のなかでブランディングをする流れになるのは自然なことでしょう。

CIの構築は、長期的な目線で、企業の在るべき姿や在り方、将来像を定めていくところから始まります。永く続く企業文化の基軸を作るようなものでもあります。一方、プロモーションは、基本的に周知、販売促進や情報拡散が目的なで、短期間で市場競争力を優位に働かせることや、短期的に成果を上げることを求められます。実際の売上の成果や消費者への認知度の向上のため、理想とするターゲット以外の消費者にもアプローチすることがあります。

ブランディングは、理想となる消費者にブランドコアやブランドポリシーをどのように伝えていきたいかという目的で方向性を定めます。もっとも理想とする対象を中心に広げていくので、ターゲットも違えば、結果を出す場所も異なります。

ブランディングは、Brand +ing。この進行形は、ブランドを継続して大切に育て、魅力的な価値として発信していくことだと捉えています。

神:プロモーションは短期的な目線で結果を出すのに対し、ブランディングは長期的な目線で取り組むもの。目的も役割もそれぞれ異なりますが、デジタル社会においては、プロモーションとブランディングの垣根が薄れつつあると感じています。

荻原:広く情報を発信することも、より局所的にターゲティングして情報を届けることも可能になりました。ファンを作りやすい環境ではありますが、その一方で、企業が発信する情報に嘘や矛盾が生じれば、この情報スピードの速い時代に、あっという間に消費者の信用・信頼を失うという可能性もあるということを意識しておくことも大事です。

ブランドと接点を持つことでどういう「喜び」や「感動」が得られるのか、「トキメキ」や「驚き」や「発見」などどのような体験価値を得られるのか。そこに受け手への「愛」や「思いやり」を感じられるか、さらには受け手を「笑顔」にしたり「幸せ」にさせてくれるような存在かどうか。より人間的な情緒的で感性的訴求を大切にしながら、企業活動とその情報発信に、基本理念を軸にした一貫性を持たせることが、消費者の信頼につながっていきます。それはデジタル時代においても同じです。手法が変わっただけで、考え方は同じであると言えます。

市場に対し、信用に値するブランドだという印象を蓄積するために、どう戦略を仕掛けていくのか。ブランドは時間をかけて育成し、文化として着実に根付かせていくものです。ブランディングを継続して行うことで一つの市場文化を作り、市場文化を蓄積することで世界観を構築する。新しさを取り入れつつ、長期的に育てていく。理想とするターゲットに対して、ブランドポリシー、核となる企業理念、考え方、価値観をしっかりと伝え続けていくことが、ブランディングで一番大切なポイントです。

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【この記事は連載です】
【対談】共同印刷×COTOVIA CI・デザインにとどまらない、顧客や社会と共創価値を生み出すデジタル時代のブランディングとは?<中編>
【対談】共同印刷×COTOVIA CI・デザインにとどまらない、顧客や社会と共創価値を生み出すデジタル時代のブランディングとは?<後編>
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