前編では、従来のビジネスになかった斬新なアイデアで成功したスタートアップのサブスクリプションサービスのいくつかを紹介しました。こうしたサブスクリプションビジネスがどんどん登場してきたのは、なぜなのでしょうか? その社会的な背景と、ビジネスを成功させるためのポイントを紐解きます。前編に続き、「オープンハウス」で事業企画・開発を担当するシリコンバレー在住の森井啓允さんに話をうかがいました。
【森井啓允さん(もりい・ひろみつ)プロフィール】
新卒でTBSテレビに入社、番組制作、宣伝プロデューサーなどを担当。同社を退職後、ソフトバンクに入社し、新規事業開発に従事しシリコンバレーに駐在、現在は急成長不動産企業の「オープンハウス」で不動産テクノロジーを中心に現地の最先端かつユニークなビジネスモデル・技術を発掘し新規事業の企画開発を担当。
現代の消費スタイルに合った「サブスクリプションビジネス」
サブスクリプションモデルが注目されてきた背景には、シェアエコノミー、オンデマンドエコノミーといった経済の発展があります。モノがあふれ、人々の間に物欲が失われてきた時代。そして格差も広がり「モノを持つ人・持たない人」とが、都市部では特に「混在して」暮らしています。
そこへスマホの普及。SNSなどで人々がつながりやすくなり、見知らぬ個人同士がネットを介してモノを売買したり、貸し借りするためのプラットフォームが登場しました。「Airbnb」や「Uber」などがその代表格です。働き方もより流動的となり、単発の仕事を媒介するプラットフォームもあります。そんな時代だからこそ、新しく出てきた面白いビジネスにはサブスクリプションモデルが採用されていることが多いのでしょう。
音楽配信の「Spotify」や動画配信の「Netflix」は、サブスクリプションサービスの代表格としてよく挙げられます。音楽や動画がネットで簡単に手に入るようになり、CDやDVDというモノを買いそろえる人がぐんと減少したのも周知の事実です。また、一般の人も「itunes」や「kindle」で作品を発表できるようになり、コンテンツの数自体も膨大に。消費者は一つのものを選ぶより、たくさんのものを「選び放題」できる方へとシフトしていったのではないか、と森井さんは見ています。近年の傾向として、コンテンツごとでなく「多数のコンテンツをパッケージにして売る」方式が成功するようになったのではないかということです。
<
サブスクリプションモデルで選ばれるには?
そして、これからは「オリジナリティ」が重要になってくるというのが森井さんの見立てです。今や、定額動画配信なら「Netflix」だけでなく「Hulu」など、同様のサブスクリプションサービスがいくつもあります。同じようなパッケージがいくつも並列している時、どのサブスクリプションが選ばれるのか? ここで大きな意味を持つのが、先のオリジナリティがあるかどうかということでしょう。消費者がほしいコンテンツ、よそにはないものを持っていればそれが「魅力」となるからです。
実際「Netflix」は、オリジナルコンテンツの制作にかなり力を入れています。森井さんによると、「Netflix」の新規コンテンツ制作費は年額1.2兆円。日本の民放各社制作費合計を3倍ほども上回る計算だそうです。
他方においては「会社の枠を超えた選択肢があるか?」ということもまた重要です。自社だけではなく、さまざまな会社の商品やサービスがそこのパッケージに含まれているということがユーザーの選択肢を広げ、重視される場合もあるでしょう。
はじめの1ヵ月目をいかに獲得するか
サブスクリプションモデルで重要なのは、いかに初回の利用にこぎつけるか?ということ。一度登録してもらえれば、その後も継続して利用してもらいやすいというメリットがあります。始めにアプリをダウンロードしてもらい、決済情報を入力してもらうことが大きな関門となります。「最初の1ヵ月は無料」といったサービスで引きつけるケースが多いのは、そのためです。この点で森井さんをうならせたのが「Stockwell」というサービス。「ついアプリを入れて、思いのほか利用してしまっている」というのです。
Stockwellの体験
「Stockwell」は、「Amazon GO」の自販機版のようなもの。オフィスなどに設置されているスナック類や雑貨などが入った戸棚形式の無人コンビニです。アプリをダウンロードしたスマホを持って近づくと自動でドアが開き、取り出した商品を把握してスマホで決済されます。サブスクリプション型ではありませんが「いかに初回の利用にこぎつけるか」の仕掛けがおもしろいとして、森井さんは注目しています。
「Stockwell」は今、シリコンバレーだけで数十個が設置されているそうです。森井さんのオフィスにもこれがやってきた当初、商品ラインナップや価格にとりたてて魅力を感じられなかっため「使うことはないだろう」と思ったそうです。ところがふたを開けてみれば、意外にもリピートして活用しているとのこと。「忙しくて食事に行く時間がない時など、近くのスーパーへ買い出しにいかずこれで済ませてしまう」と。そして、その秘密が「最初の買い物に使える10ドルのクーポン」なのです。
これは、アプリをダウンロードし最初の買い物をする際に、ひとつのアイテムにだけ使えるというクーポン。このような時、人はなるべく10ドルぎりぎりの物に使おうとしがちです。そこで9.99ドルのアイフォン用充電ケーブルを多くの人が手に取ります。ケーブルを無料で入手したいがために、アプリをダウンロードするということすらあるかもしれません。ただし、オフィスにあるという手軽さから以降も利用してしまうというのです。
しかしこの充電ケーブルは純正ではなく、一方で商品棚には純正のAirPodsがあるために、Apple製のケーブルが無料で入手できるとユーザーに思わせ、利用に進ませる役割を果たしているのではないか、と森井さんは推測しています。また、「会計をしないで済むという体験自体も次の購買につなげやすい可能性がある」という点も、今後、考慮に入れる必要がありそうです。「Amazon GO」や「Uber」なども共通して、その場で決済しないことが当たり前と感じるようになった消費者には、この便利さは手放せなくなるのかもしれません。シリコンバレーで「UXこそがマーケティングそのもの」だといわれる事例の一つです。
サブスクリプションの可能性
「サブスクリプションモデル」を切り口に、アメリカ発のユニークなビジネスの事例を見てきました。デジタルコンテンツに限らず、サブスクリプション型ビジネスの可能性にも気づかせてくれるのではないでしょうか。それぞれに利益をあげる仕組みと成功のポイントがありましたが、特筆したいのは次の4点です。
- 1.サブスクリプション型の「可能性」を自社に適用してみる
- 2.競合他社に無い「オリジナリティ・独自性」を取り入れる
- 3.会社の垣根を超えた「選択肢の可能性」を追求する
- 4.はじめの1ヵ月目を使ってもらうための「しかけ」を戦略的につくる
ところで、日本に以前からある「定期購読」や「定期購入」システム——新聞、雑誌や牛乳配達、生協などに加え、月額で利用できる賃貸住宅や会員制のスポーツジムなども、サブスクリプションモデルと言えるのではないでしょうか。そう考えればこれからの時代、「不動産で、会員ならどこでも住み放題の賃貸住宅などといったサービスも考えられるのでは」と森井さんは示唆します。日本でも様々なアイデアで、サブスクリプション型ビジネスに挑戦する価値があるのではないでしょうか。