「アメリカ建国以来の奇妙な(Weird)選挙だ!」とアメリカ人たちが口にする2016年の大統領選挙。党代表を決める予備選挙から数えると、1年以上もの長い間キャンペーンを行い、世論を動かし続けるアメリカ大統領選挙は、リアリティショーさながらの一種のエンタテインメントと言えます。特に今回は、過激な発言を続け政治家出身ではないトランプ氏が共和党代表候補の座を射止めたことから、まさに“これまでにない”選挙戦と注目を集めています。ビジネス界の有名人という一候補にすぎなかったトランプ氏が、いかに大勢の支持を得ていったのか、その手法を掘り下げることで、現代アメリカ人の心の掴み方を探っていきます。

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手法①シンプルな表現を用いる

トランプ氏は分かりやすい単純な言葉を繰り返し発言します。例えば、「我々はここまで勝つと思われていなかったが、今勝って勝って勝ち続けている。じきにこの国も勝って勝って勝ち始めるのだ(We weren’t expected to win too much, and now we’re winning, winning, winning the country. And soon the country’s going to start winning, winning, winning)。」など。彼の使う文法は小学校6年生レベルで、だからこそ広い層に届きやすいと言われています。発言の中で“We’re going to win bigly.”と、biglyという造語(形容詞bigの活用のつもり)を編み出すなど、言葉の正確さを追及する政治家とは逆の方向を向いています。

この分かりやすい単純な言葉での発言が、“ごまかしのないありのまま”と伝わり、共感されやすいと分析されます。高尚な物言いでお高くとまって見える「既存政治家とは違う」という印象づけに成功していると言えるでしょう。この手法の成功から、エリート政治家たちに対し一部有権者に強い反発心が広がっていることが透けて見えます。

出典:The Washington Post “Donald Trump speaks like a sixth-grader. All politicians should.”
https://www.washingtonpost.com/posteverything/wp/2016/05/03/donald-trump-speaks-like-a-sixth-grader-all-politicians-should/?utm_term=.deee3083d6d2

出典:https://www.theguardian.com/us-news/video/2016/may/04/donald-trump-we-are-going-to-win-bigly-believe-me-video

手法②善悪に分けて批判をする

経済を弱体化させた“既存の政治家”、雇用を奪い治安を乱す“移民”など、国民にとっての“悪”をはっきり位置づけ、対する“成功したビジネスマン”である自身の立場を、悪を倒す“ヒーロー”として“善”を象徴し、対立軸を鮮明にしています。危険な方法ではありますが、印象に残りやすく批判の対象が明確です。有権者も「ヒーローは善だ。ヒーローの発言は間違っていない。」として、自分の支援する主張は正しい、国のためだ、と自分の立場や意見をさらに頑なにしていくのです。

手法③良くも悪くも話題の人物になる

大統領選挙は、政治献金を活用したTVCMなどの派手な広告キャンペーンと地域密着の草の根活動の両輪の活動を行い、票を伸ばしていくことがこれまでは主流でした。だからこそ、既存政党の枠内で活動し、政治献金を集める能力が大統領選挙では非常に重要な要素でした。

しかし、トランプ氏は違います。共和党予備選における政治献金はジェブ・ブッシュ氏に及びもしませんでした。最初から意図してのことか分りませんが、彼は自らのTwitterアカウントやイベントであえて過激な発言をし、それがマスメディアで取り上げられ、それによりさらに話題を集めるという循環を作り上げました。今となっては、それを選挙手法として意図的に行っているように見受けられます。ある意味でソーシャルメディアと既存メディアの“合同作業”によって、大統領選挙の注目人物として脚光を浴びることにつながったのです。Twitterのフォロワー数を増やし視線を集めたことで、批判も増えれば賛同する人の数も増えました。マスメディアが叩こうとするほど支持者のボルテージが上がるという現象を呼んだのです。彼の一度のTweetに対し巻き起こされる議論の長さや、“いいね”“リツイート”などのアクション数、他の候補者と比べ段違いであることが分かっています。

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出典:The New York Times “Pithy, Mean and Powerful: How Donald Trump Mastered Twitter for 2016”
https://www.nytimes.com/2015/10/06/us/politics/donald-trump-twitter-use-campaign-2016.html?_r=1

手法④ノスタルジーに訴える

アメリカには「昔は良かった。今の経済社会は昔と比較して劣っている」と考えている層がいます。2、30年前に比較して人々の生活水準は平均的には改善しているはずですが、「昔のように毎日同じ仕事をしていれば給料は上がっていくはずだ」という発想から抜けられないのかもしれません。

トランプ氏の“Make America Great Again” という選挙戦のスローガンはそういう過去に囚われている人々にとっては魅力的なイメージなのでしょう。現在でもGDPは世界一位であり、名だたる企業が生まれるアメリカは誇るべき大国ではありますが、科学技術の進歩やグローバル化の恩恵を享受していない層は、ノスタルジーに浸り回顧主義に走ってしまうのもかもしれません。その心理をうまくくみ取り支持層を広げていると言えるでしょう。

最後に

ここではトランプ氏を例にアメリカ人の心の掴み方としましたが、上記のような方法(特に①、②、④)はEUの加盟是非を問うたイギリスの国民選挙でも見られました。これらは、日本でも世論を引きつけるための参考になる部分があると考えられます。

なお、三権(立法、行政、司法)の分立・独立が厳格なアメリカでは、連邦議会は機関としては大統領と並ぶ力を持っています。よって、大統領選もさることながら、同時開催される議会選挙の結果でもアメリカの政策は左右されます。今回はトランプ氏のイメージが共和党員の選挙戦に大きな影響を及ぼしており、議員候補たちの選挙戦略も従来どおりではないことが予想されます。ますますヒートアップする舌戦、自身をプロモートし心を掴むヒントが、今後もどんどん飛び出すのではないでしょうか?

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