「AngelList(エンジェルリスト)」というサイトをご存知でしょうか。起業家と投資家をつなげるプラットフォームで、創業間もないスタートアップ企業と、エンジェル投資家をマッチングするものです。アメリカにあるスタートアップ企業が一望できるとあって、投資家のみならず、一般人の職探しにも必要不可欠なSNSになっています。

そのサイトでよくみる職種が、「グロースハッカー」という括りです。AngelListにおいて、サンフランシスコ・ベイエリアだけでも1ヶ月にざっと200社から300社がその肩書での求人を出しています。企業活動内の「職種カテゴリ」としては、広義でマーケティングに属する役割なのですが、あえて「マーケティング」という言葉を避けた求人となっているのが特徴的です。またそのような役割についている人の中には「マーケターと呼ばないで」という人すらいるそうです。

グロースハッカーは新しい「マーケティングの最高責任者」である、という定義が広がりつつあるアメリカから、次のマーケティングの潮流を紐解きます。

グロースハッカーとは?

そもそも、グロースハッカーとは何でしょうか?英語では「Growth(成長) Hacker」。

「ハッカー」とか「ハッキングする」などは、日本では小難しそうなテクノロジーのエンジニアが関わる何かと思われがちです。またデジタル領域から広まったイメージがあるので、日本では「グロースハック」=「サイトのUI改善」やら「ABテスト」などの、細かい機能改善のことを指しているケースもあります。

アメリカでは、ライアン・ホリデー氏による2013年の著書「グロースハッキングマーケティング」がガイドラインになっています。サブタイトルは「PR・マーケティング・広告の未来を拓く入門」。そこでグロースハッカーとは新世代マーケティングの最高責任者である」とまで言っているのです。簡単にいうと「企業成長を加速させるミッションに携わる役割」の人達で、そこでに実施される「策」は何でも良いのです。

従来のマーケティングとは何が違うの?

「従来のマーケティング」との決定的な違いは、その「施策の幅広さ」であり、自由な発想を許容する企業文化、組織と姿勢があります。もしくは、求められる企業の「ビジネスのスピードとスケール」が違うと言ってもいいかもしれません。

そもそもグロースハッカーの役割は、ここシリコンバレーで代表されるような「スタートアップ企業」向けに作られたといっても過言ではありません。ここでいうスタートアップとは、日本で言うところの「ベンチャー企業(和製英語)」と重なる部分はありますが、求められる「スケールとスピード」が異なります。いきなりグローバル市場を目指しますし、数年間で1億人ユーザー獲得など、企業価値として10億ドル(ユニコーン企業といわれている)を生み出すレベルを目指すのです。

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従来のマーケティングは、対象となる「製品・サービス」が「すでに存在」し、それをいかに市場に認知させるか、と言った「外に向けた広告やPR」キャンペーンを考えます。その製品の売上や認知度の最大化をはかる「マーケティング部門」が存在し、そのための予算が存在します。マーケターはその決められた予算とスケジュールの中で、テレビや雑誌、デジタルメディアといった「自社外にいる消費者」にこちらへ向いてもらおうと最大限の努力をするのです。

それに対し「グロースハッカー」の役割やミッションは、そう言った「マーケティングの既成概念」にとらわれることなく、「ビジネスを急成長させる」ことに尽きます。企業やサービスの爆発的な成長のためには、根本的に自社の製品を変えてしまってもいい、競合するサービスのパワーを借りてもいい、コアなユーザー層に確実に認めてもらうために、一定期間無料で利用させてもいい、あるいはサービスコンセプトを変えてもいいと言った考え方をします。また、そこには様々なテクノロジーの発達に伴って簡単に取得できるようになった、膨大な統計データ分析などの「科学的なアプローチ」が土台となることも特徴のひとつです。

従来のマーケティングが、エクスターナル「外向き」のマインドであるのに対して、グロースハッキングは、あくまでもインターナル「内向き」=自社のサービス、製品の徹底的な改良などである、と言えばわかりやすいかもしれません。

具体的には?

日本でも広く知られているケースとして「AirBnB」のグロースハックが有名です。当初無名のサービスだったAirBnBは、すでに全米で最大級の利用者を誇っていた「Craigslist(地域ごとの老舗掲示板サイト)」へ「自動的に連携する機能」を設けたことで、一躍成長したと言われています。ホテル以外へ宿泊したい時、または空き部屋を貸したい時に、アメリカのユーザがまず思いつくのが「そのサイト」だったからです。自社がターゲットとしたユーザーがすでに利用している「サイト・コミュニティ」に、AirBnBのプログラマーがハックした、というものです。Craigslis側には、こういった「連携機能(APIなど)」は存在しなかったので、AirBnB側のエンジニア・プログラマーが自力で解明し連携させるに至った、という「努力の賜物」なのです。

最も初期の例としてはマイクロソフトの「ホットメール」があります。元祖Webベースのメールで、広告予算がない中で思いついたアイデアが、『ユーザーが送信するすべてのメールの下部に「ホットメールを使おう!」という広告を入れ込んだ』ものです。半年で100万ユーザーを獲得したという、元祖グロースハッキングの「サクセスストーリー」になっています。後にアップル社も同様に、 iPhoneから送るメール下部には「iPhoneから送信」というテキストを埋め込んでいます。広告費をかけずに自社製品のちょっとした改良により、大量の「広告」効果を発揮できたと言うものです。
ここで重要なのは、ユーザー数を増やしたい場合、「マーケティング視点」でのアプローチのみに依存せず、「技術的なアプローチ」を徹底的にとったことです。自社製品・サービスの特徴やユースケースを深く理解した上で、それより「大きなサービスやパワーをうまく利用したケース」と言えるでしょう。

実際にはどのような人が「グロースハッカー」になるのか?

エンジニアリングもマーケティングもできて、そして創業者並みに巻き込み力や実行力もある人。

現実的に考えれば、それらすべてのスキル経験を備えた完璧な人は簡単に見つからないので、たいていは各種エンジニアとマーケティング専門家、データアナリストなど、それらスキルを持つ人々が一つの「少数精鋭部隊」としてチームを組むことが多いようです。日本でもウェブサービスを基本とした、新興のスタートアップ企業などはその「仕組み」を早くから導入し、すでに職種として定着し始めています。

元々「デジタルマーケティングマネージャー」や「プロダクトエンジニアリング」だった人、あるいは元々「Webサイトのアナリスト」だった人などが、一つのミッションの元でスキルや考え方などをぶつけ、融合させ、そして化学反応させ、「アイデア」および「実行力」を高め合っていくのです。そうして一緒に経験を積んでいくうちに「グロースハッカーと言う業務」に従事する人、従事してきた人という形になっていくのです。

普通の企業が「グロースハッカー潮流」から学べることは?

1.「既存を打破する」意図の明確化

従来のマーケティングや考え方に効果が無い、というわけではありません。冒頭のAngelListにおいても、既存概念の「プロダクト、マーケティングマネージャー」職や、オンライン部分のみ担当する「デジタルマーケティングマネージャー」職と言うような、職務や職域が限定された今まで通りの求人も沢山あります。ただし、何か新しいものを求めたり、イノベーションを起こそうとする際に組織や部門、肩書きと言った、今ある「枠」や「既成概念」が採用の観点で、すでに邪魔をしてしまうことがあるのです。

先の本でも、『「グロースハッカー」という役割定義や肩書きは、それまでのマーケティング手法や考え方、それらを遂行するために必要な組織のあり方などを打破し、企業が短期間で本気で急成長、イノベーションするために必要なものだった(ライアン・ホリデー「グロースハッキングマーケティング」より)』と書かれています。

大企業でも「新しいサービス開発」や「小さなプロジェクトの遂行」一つをとっても、「既成概念」を打破しなければならない時には、その意図が明確になるような、例えば「名前付け」や「言葉の定義」、「業務・役割の再定義」などが解決の緒となるかもしれません。

2.組織内のスキル・経験などの「多様性」を意識する

「同質の性質」や「同質の業務経験」ばかりのメンバーで構成されたチームのあり方を考え直してみましょう。グロースハッカーと言う「完璧なスキルを持った」ひとりの人間が不在であったなら、例えば「エンジニア」と「マーケティング」などと言った、異なる得意領域を持つメンバーでチーム構成をすれば、1+1が10や100になるケースもあるのです。新しい発想を促進しながら、認め合えるメンバーを意識した組織づくりや人材採用など、改めてそれらを考える時代になっています。

3.各自が「グロースハッキングマインド」を持つ

スタートアップ企業やインターネット企業ではなくても、グロースハッキングは十分考えられます。ミッションを「自社サービス・製品の成長」と仮定し、なるべく「既存の枠」を外すよう努力した上で、多様な部門・スキル・経験を持つメンバーで議論を進めて見てはいかがでしょうか。
元々、生産現場では「改善」の土壌がある日本のビジネス文化です。マーケティングやプロモーションにおいても、積極的にそのマインドをとり入れて見るといいかもしれません。

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